「深夜の頼みごと」 融木 昌
「ウテンポヌスの地図」 樽見 稀
「地図に残る仕事」 青山 梓
「私の行き先」 坂入慎一
「作家の木」 藤本 直
■第10回「地図」テーマ優秀作講評
「白地図」 梨子田歩未
毎日、上司から理不尽なパワハラを受け、辛い毎日を送る新米銀行員。夜は白地図を手に旅を続ける夢を見ている。歩いた場所を日々、白地図に記録していくのだ。日々、主人公の心をさいなむ出来事と荒涼とした心象風景、そしてそれが反映された夢の場面を描く筆力に感心いたしました。最後の一行にも書き手のセンスを感じます。ただ、いわゆるショートショート作品として成立させるには、夢の世界でもう一つ物語を展開してほしいところです。
「おせっかいなカーナビ」 山重真一
主人公の情報を把握していて、これまでの人生で大切だった場所を選んで連れて行ってくれるAIカーナビという設定が楽しいですね。ただ、途中からの展開がやや強引すぎる印象がありました。また、この物語はハートウォーミングな結末に着地させた方がよかったのではないでしょうか。ショートショートではバッド・エンディングな作品が多くなりがちですが、この設定は読後感の温かいラストに繋げられるものでした。
「幸せはいつも過去形よね」 松本宙子
ずっと不本意な人生を送ってきた女性が出会った、ラッキー方位を教えてくれる携帯のアプリ。彼女の思い通りにならない人生が淡々と綴られていくのですが、そこに絶妙なリアリティがあって、つい引き込まれてしまいます。ラッキー方位に頼ってもやはり彼女の運命は好転しない。それでもそれを信じて突き進む主人公の生き方があまりに突き抜けていて、面白く読みました。ただ、情報を読み手に提示してゆく順番など、もう少し緻密に考えていった方が効果的だと思います。
「カーナビを買った男」 安藤和秋
達者な話運びとユーモアあふれる安定した展開は、さすがに常連投稿者ですね。ただ、意外性は「専務」の正体だけなので、そこは物足りない印象があります。展開をさらにもう一回転させてこそ面白くなるお話ではないでしょうか。
「深夜の頼みごと」 融木 昌
これはいわゆるショートショート・ミステリーですね。しかも安楽椅子探偵ものにチャレンジということで、その意欲を買います。深夜に突然訪ねてきて、無理矢理に携帯電話を借りていった友人の不可思議な行動。一時間後に返しに来たが、電話料金を調べてみても長電話した記録はない。いったい何のために必要だったのか? そこに隠された秘密を男二人が推理していきます。オチもよいのですが、携帯を借りていった男の言動をより注意して書く必要があるのではないでしょうか。
「地図の結び目」 野崎くるす
地形を想像し、道路や建物から人々の暮らしぶりなど隅々までを想像して、架空の都市の地図を描くことにのめり込む男。ある時、そのないはずの都市が存在しているらしいことを耳にする。それは彼の想像力が産んだ幻なのか、それとも――。着想はとても興味を惹くのですが、このアイディアであれば、現代世界を舞台にして書かれた方がより面白い作品になるのではないでしょうか。
「地図づくり」 ヨシカワG
自分が住んでいる街の分厚い地図帳を拾った主人公の少年。建物一つ一つまでが描かれているが空白の多い不思議な地図にのめり込んでいった少年は、やがて自分が望むような変更を描き加えると、それが実現していくことに気づく。着想は面白いですが、少年の年齢をもう少し上げて、作中で経過する時間をもっと圧縮した方が、物語が締まると思います。
「ウテンポヌスの地図」 樽見 稀
こちらは、地図記号を描き加えるとそれが現実になる地図を手に入れた男の話。ドライブ感のある独特の文体に魅力があり、まずは学校で習って覚えている「郵便ポスト」や「桑畑」の記号を描き込んでゆくというところにも、リアルな可笑しみがあります。物語がいきなりその地図をすでに持っているところから始まるのも、いい効果を出しています。
「手のひらの道」 恵誕
人生に迷いが生じたときに手のひらに現れるサイン。それに従って生きてゆく主人公を待つ運命は? さすがに常連入選者で、文章表現もこなれていて展開も巧みです。オチもきまっていますが、手のひらに現れるサインの描写とその結果の表現に、よりリアリティと説得力をプラスしていただきたいところです。
「一目惚れ」 高瀬礼
文章を書き慣れた方ですね。状況描写も無駄がなく、話運びのテンポもいい。伏線がきちんと回収されているラストもいいですね。ただ、主人公に都合のよすぎる展開を読み手に納得させるための工夫をもう少し入れてほしい。また主人公のキャラクター造形に厚みを持たせた方が、読み手が感情移入しやすくなるかもしれませんね(この場合は、本来はやや不器用で受け身のタイプの方がよいのでは?)。
「葬儀場」 岡本香月
夢に出てきた亡き母の言葉に従って見知らぬ老女の葬儀に向かう主人公。夢とも現ともつかない雰囲気を醸し出すのが実にうまいですね。ただ、読み手に与える情報の出し方について、適切でないところがあります。母がすでに亡くなっていることは冒頭で語っておくべきではないでしょうか。また、葬儀場で会う人々とのやりとりなど、細部で見直した方がよいのではと思われる部分がありました。全体的にはよい作品ですので、読み手の目で見直してみることをお勧めします。
「消された村」 須藤修一
捨てるように出てきた故郷――山の中の集落に三十年ぶりに帰ってきた男。ところが、バスの便もなく、バスセンターの係員もそんな集落は知らないと言う。スマートフォン地図で検索すると、確かに無い。失われたふるさとを求めて奮闘する彼を待っていたのは――。常連投稿者ですが、どんどん巧くなっていますね。もう一作も含めて、かなり面白く拝読いたしました。ただ、どちらもより読み手の印象に残るラストを用意してほしいと思います。
「書棚の場所」 徳田岳彦
人間の無意識の中に蓄積されている人類創成期以前からある物語という着想がユニークですね。リズム感のある明快な文体でとても読みやすく、かなり書き慣れている方ですね。たいへん面白く読ませていただいたのですが、「地図」というテーマにうまくかみ合っていない印象がありました。この話は、むしろ「書物」「本」といったテーマにふさわしいように思います。
「地図に残る仕事」 青山梓
ユーモアの漂う自然で巧みな語り口で、するすると読めるのがいいですね。主人公の大学教授のキャラクターもすーっと読み手に伝わってきます。台詞の部分も、交わす相手との関係性がすぐにわかる巧さがあります。脚本家にも向いていそうな書き手ですね。実際にあるテレビ番組に少し寄りかかっているところはありますが、伏線もきちんと張られ、ラストもピリリと皮肉が利いていて、とても面白く読みました。
「私の行き先」 坂入慎一
蟻の行列、捨てられたペットボトル、双子の猫……。世の中のありとあらゆるものの中には、それがやって来た場所、これから行く場所など、さまざまな地図が秘められている――という独特な考えに引き込まれていきました。常連入選者ですが、毎回、短い作品の中に独特の世界観を一瞬にして立ち上げる筆力が見事です。それが二人の少女の瑞々しい感性とともに読み手に迫ってくる。これも従来のショートショートとは違うタイプの作品ですが、いい小説です。
「作家の木」 藤本直
脳がまだ生きているのに埋葬されてしまった作家。なかなか死なないその脳が繰り広げる想像世界に墓の近くにあったリンゴの木が反応して……。とても詩的で美しい作品ですね。まるで丹念に織られたタペストリーを見ているような印象を受けました。「地図」はどこに関係してくるのか?という疑問にも、きちんと応えてくれましたし(笑)。
その他、印象に残った作品は――
「地図コン」(小狐裕介)/スマートフォンの地図アプリを使い、自分が興味を持ったりお気に入りの場所にコメントを書き込んで公開することで、出会いのツールにするというシステムにリアリティがあり面白い。オチの部分にもう少しインパクトがあれば、設定がより生きてくると思います。
「実物大」(瀬口利幸)/なんでも実物大のものを作るのが好きな友人。ミクロのものから途方もなく大きなものまで、その発想が自由でとても楽しい作品でした。ただ、その制作方法の描写にもっと空想を拡げてほしかったと思います。
「でたらめな地図」(八海宵一)/ありとあらゆる地図が置いてある地図専門店。そこで売られている地図のあれやこれやが楽しいですね。そして、「方向音痴の人専用の地図」という発想がユニーク。その地図が、どういう作用で方向音痴の人に役立つのかという点に、もう少し説得力を持たせてほしかったですね。
「未来の結婚相手のいる場所」(吉岡幸一)/探し物がある場所を記す地図を作成する店、ラストのどんでん返しにほくそ笑みます。主人公の男性は学生でなく、漫画家志望で芽が出なくてもう実家に戻らなくちゃいけないけど――ぐらい切迫しているほうが良いような気がしました。
「出会えばゲームセット」(小松広和)/捕まったら終わりの位置情報を操作してのゲームを使い、相手は「自分」というオカルト的要素をうまく入れ込んだ作品。ラストの主人公の攻防がドキドキしながら読めました。
「定められた道」(上谷郷子)/場面の切り替えがうまく、主人公の二転三転する人生をドラマティックに読ませます。最後のきめのひと言に、なにかひねりあってもいいかも、と思いました。
「秋の街角」(しんみ達生)/地図会社の新商品のモニターになった女性の犯罪が思わぬところから暴かれる。細部はもっと練る必要があると思いますが、面白く読み進めました。
「残したくないものほど残る」(待宵燈火)/完全犯罪の細工がかえって犯人を窮地に追い込んでしまう。流行の位置情報ゲームアプリを題材にした作品で細かなネタも含めてうまくまとめられていると思います。
「迷子の私とチラシ地図」(田中佑梨香)/短い中にうまく構成されているし、不安な状況からのラストの衝撃への流れがうまい。この話はバッドエンドで終わるようですが、ハッピーエンドだったらよかったのになあと――。
そして、今回の入選作は――
融木昌さんの「深夜の頼みごと」、樽見稀さんの「ウテンポヌスの地図」、青山梓さんの「地図に残る仕事」、藤本直さんの「作家の木」、坂入慎一さんの「私の行き先」です。
みなさんには、この後、編集部よりご連絡を差し上げます。なお、加筆訂正をお願いする場合がありますので、ご了承くださいませ。