「水無月のつくりかた」 滝沢朱音
「ナミノオト」 ジョーク松山
「神さまの仕事」 がみの
「今はまだ、痛くなく居たい。」 滝沢朱音
■第11回「告白」テーマ優秀作講評
「誰も知らない結末」 安藤和秋
ホームズがワトソンにあてた遺書という設定が魅力的です。ホームズらしい物言いの文面もよく練られていて雰囲気もたっぷり。「ホームズの犯罪」の方法について、読み手が納得するような具体的なアイディアが盛り込まれていれば(ワトソンの推理として)、かなりの逸品となっていたと思います。
「水無月のつくりかた」 滝沢朱音
常連入選者だけに、話運びがとても巧みですね。京都の和菓子屋さんが所有する氷室に一晩泊めてもらうことになった女性。彼女が体験する不思議な出来事の描写が、幻想的で美しいですね。ラストに向けた流れに(なるほど!)とうなずけるような工夫がほしいところです。
「今はまだ、痛くなく居たい。」 滝沢朱音
部屋から一歩も出なくて暮らせるようになった世界、人とのコミュニケーションに使うオンラインミーティングツールの背景を、バーチャルでなくお手頃セットを買って部屋に組んで使うのが流行っている――。本当にありそうな設定の中、あれこれよく仕掛けられているし、どんでん返しからのシニカルなラスト、とても面白かったです。
「ナミノオト」 ジョーク松山
山の中の小学校に海の町から引っ越してきた背の高い少女。彼女の水色のランドセルからはなぜか水の音が聞こえてきて……。転校生の少女が実に魅力的に描かれています。この書き手は、音の表現がとても巧いですね。絶妙のタイミングで挿入される水音や波の音の描写が、詩的な効果をもたらしています。繰り返し読みたくなる味わい深い一編でした。
「緑子のために」 紗々木順子
隣室の男の部屋から毎夜聞こえてくる赤ん坊の泣き声。主人公がつい口にした非難めいた言葉に、「妻は、もういないんです」と謎の言葉をつぶやく男。招かれて入った彼の部屋には土がなくても育つエアプランツが。そのチランジアという名の植物に起こった信じられない奇跡とは? 細部での練り込み不足はありますが、雰囲気たっぷりの作品でした。ラストは、もう少し分かりやすいよう情報を盛り込んでもよいかもしれませんね。
「一択」 山口波子
暴走するトロッコの線路が二手に分かれていて、このまま進めば五人が犠牲になるが、進路変更をすれば犠牲者は一人で済む。進路を切り替えられるとしたらどうするか?――有名な「トロッコ問題」をモチーフにスリリングに展開される物語。この先どうなるんだろう?という期待でぐいぐい読み進めましたが、ショートショートとしては、やはり「結末」を書いてほしいところです。
「神さまの仕事」 がみの
このところショートショートも長い作品が多くなっていますが、これはコンパクトでいかにもショートショートらしい作品ですね。テンポよく読ませるし、終わり方も潔い。小品ですが、とても面白く読みました。
その他、印象に残った作品は
「天子の骨格標本」 千本松由季/とても文章を書き慣れている方ですね。言葉の選び方が的確で趣味がいいので、雰囲気だけで読ませる力がある。ただ、ショートショートとしては、「事件」がほしいところです。
「これでもか!」 井川林檎/タイトル通り、これでもか!というぐらいたたみかけてくるナンセンスなギャグ。客がほとんど来ない喫茶店に珍しいことに美男美女カップルがやって来る。二人のへんてこな会話、そしてアルバイトの女性がかける音楽の曲名と歌詞の独特なセンスに、ニヤリとさせられ続けでした。
「エイリアン」 池江颯志/浪人生の主人公が想いを寄せる年上の女性エリコさん。近所の子供たちから「エイリアン」と呼ばれる個性的な彼女が、実に魅力的に描かれています。彼女と過ごす時間とやがてやってくるだろう別れ……。ショートショートというより、長い恋愛小説の導入部として読みました。
「しゃっくり」 朝田優子/弟のしゃっくりを止めるために驚かそうとして姉が放った「あんたはうちの子じゃない」というひと言。冗談のつもりだったその言葉から思いもかけなかった波紋が――という流れはいいですね。ただ、家族の告白合戦の部分は、もっとぶっ飛んだ方がよいのではないでしょうか。
「雨鳴りの石」 上坂涼/富士山麓。嵐の中たたずむ画家の前に、「青い怪物」が現れる。唐突な出だしではありますが、読み手を一気にその世界に引きずりこむ筆力がありますね。怪物のこの世のものならぬ美しさの描写も見事です。ただ、怪物の内面を描くことはせず、画家の視点でのみ展開した方がよかったのではないかと思います。
「告白草」 齊藤想/人の「告白」を栄養にして育つ野菜「告白草」。それを食すと、他人が告白をする場面が脳裏に浮かんでくるという設定は面白いと思います。ただ、その告白の内容が普通すぎてもったいないですね。オチ以外でも、もっとドキドキするような秘密を盛り込んでいければ、格段に面白くなったと思います。
「宵待燈火」 進見たつお/初老の主人公が、ふと初めて入った小料理屋。語り口が自然で店内や女将、料理の描写も過不足なく実に巧みです。書き慣れている方ですね。途中で主人公の口から語られる事故内容がラストとの整合性の点で疑問が残るのと、伏線をもう少し張っておくべきではないかと感じました。
「珍獣は故郷の夢を見る」 青山梓/一頃あった村おこしのための珍獣捕獲企画。じつはその珍獣の出自を知る男がいて――。マッドサイエンティストの話かと思いきや、思わぬシリアスな真実が透けて見えて不意を突かれました。
「ごめんなさい」 石黒みなみ/夫への独白で綴られた話ですが、ミステリーとホラーとどんでん返し――旦那の狼狽ぶりを想像してほくそ笑んだ作品です。
「賭け」 田辺ふみ/今回、愛の告白を扱ったものとバーでの客(またはマスターやママ、もしくは占い師)との告白話、が多かった中、どちらのモチーフも使っているというのに妙な変化球が面白いと思わせた一作。でも別にバーでなくても占い師でなくても成り立つでしょうし、その方が面白いのではと思いました。
「言えなくて、吐き出した」 坂入慎一/吐き出したものが言葉でなく種――着想が面白いですね。幼馴染どうしの微妙な三角関係の中、想いを秘めた少女の切ない話。ちょっと不思議な設定を得意とする常連書き手らしい作品と思います。
「代行」 あんどー春/告白を代行することを生業にしている男の本気の告白が――会話がテンポよく小気味良い。ラストが少しあっさりしているような、それが物足りない感じになりました。
「クリスマス・イブ」 前坂なす/男の周囲で起きるクリスマスイブの悲劇、そしてその真実――ジングルベルの代わりにうたわれる作中歌も活きています。この枚数の中にそれぞれの場面をコンパクトに入れ込み、構成もすっきりしていて読みやすい。そしてラストの一行が効いています。
「秘密寿司」 松本エムザ/秘密は極上の味、しかも寿司。面白いのですが、その店のシステムを説明するのがもう少しすっきりさせたほうが良いかもしれません。また秘密の告白にしてももう少し改良の余地あるかもです。それでも読ませてしまうのは書き手の力かと。
「意思化粧」 朝島元之/しゃべることができない姉と、姉の言いたいことを察知して代わりに声を出す弟。この姉弟の関係性は、不思議要素を増やせばSFやホラーになるように、いろいろと書きようがあるような気がします。幅を広げていってほしいと思います。
「葡萄」 北島雅弘/主人公のちょっと冷めた性格や店長にしてもキャラの作りがうまいです。そして場面の運びも含め、手練れた方だと思います。ショートショートというより短編小説かと思いますが面白く読ませてもらいました。
「日陰」 宮内了/こちらも短編小説として面白く読みました。SSではないので番外として。文章も場面の作り方もうまい方ですね。
そして、今回の入選作は――
滝沢朱音さんの「今はまだ、痛くなく居たい。」、ジョーク松山さんの「ナミノオト」、がみのさんの「神さまの仕事」の3作品に決定しました(滝沢さんの「水無月のつくりかた」も、加筆次第では入選といたします)。おめでとうございます! 皆さまには、これよりご連絡させていただきます。なお、掲載までに多少手を入れていただくようお願いする場合がございますが、その際には、どうぞよろしくお願いいたします。
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