ショートショート募集第12回「祭り」テーマの入選作



「黒い雪」 前坂なす


「君が隣にいて」 坂入慎一


「ととんかとん」(「夏祭り」改題) 榎木おじぞう


「クジラすくいの夏」 いしだみつや


「たますくい」 ジョーク松山



第12回「祭り」テーマ優秀作講評

「護り籠、旅立つ」 井川林檎

海辺の小さな町の、間引かれた赤ん坊を送る祭。はるか昔からそれを引き受けていたこの地に望まぬ妊娠をした若い女性がやって来て、不思議な出来事に出合います。幻想場面の抒情的な文章がとてもいいですね。一方で、現実描写では、設定に不自然だったり疑問符がつくところが散見されました。

「亡者踊り」 大森一六

新盆を迎える家族だけが戻ってきた亡者たちの脇で踊れる特別な盆踊りという設定が面白い。語り口も巧みで生き生きとした描写もいいですね。踊っているときに「口を開いてはだめ」というタブーをもっと強調しておいた方が、オチが印象的なものになると思います。なぜ、そのタブーを破ってしまうのかという点にも、再考の余地があると思います。

「後の祭り」 田向秋沙

金魚すくいで取った風変わりな金魚がどんどん大きく育ってゆく。飼うのは次第に大変になるが、それは願い事をかなえてくれる金魚だった、そして願い事が叶うとさらに大きくなっていくという設定が楽しいですね。水族館が登場してから、話がやや散漫になる印象があります。このまま家族の間で飼うだけにしておいた方がショートショートとしては引き締まったと思います。

「祭の影」 清本一麿

この方はもう一作応募していますが、文章がとてもうまいですね。キツネ面をつけた黒子たちが深夜の神社で踊る悪夢のような祭りの場面が、実にリアルに立ち昇ってきます。彼らに囲まれた主人公の恐怖も真に迫っていますね。ただ、ラストにもう一つなにか展開があれば、ぐっと面白くなったのではないかと思います。

「たてまつる」 戸原一飛

長く眠っていたその土地の神を目覚めさせる祭り。前半は、ほぼ会話のやり取りで進みますが、そのテンポもよく読みやすい。オチはなるほど!なのですが、展開部分にもっと読者を愉しませる工夫がほしいですね。また、オチを読んだ後に気づく伏線がもっと張られていれば、読み味が一段上になるように思います。

「夏祭り」 榎木おじぞう

ワンアイデアのごくごく短い作品ですが、不思議な余韻を残します。ショートショートは、このところ長くなる傾向がありますが、この作品は短いというショートショートの特性をよく生かしていると思います。タイトルは、もう少し考えてほしいところです。

「クジラすくいの夏」 いしだみつや

金魚すくいの店でもらった小さな小さなクジラがどんどん大きくなっていって……。父親が息子に話すほら話という設定をとっていますが、語り口にテンポがあって実に楽しい作品でした。夢と詩情あふれるクライマックス場面も見事です。ラストの一行も利いています(笑)。

「金魚を飼う」 坂入慎一

酔って寝込んでしまった後、友人と買い物に出ようとしたら、エレベーターに「祭」のボタンがあった。押してみると……。オチまで読むと、いかに丁寧に伏線を織り込んであるかが分かります。時制の表記にも細かく配慮している。さすがに常連入選者ですね。話運びも巧みで読後感もいい。

「君が隣にいて」 坂入慎一

上記の作品もよかったですが、こちらはさらにショートショートらしい切れ味があって、いいですね。思いを寄せていた少女と初めて二人きりで行く夏祭り。平和で幸せ感に満ちた話が、途中から一変していくのに驚かされます。いくつもの!!がついた後に待つ、ダイナミックな力技のラスト。この著者の今までの作風とは違いますが、とても面白く読みました。

「栞の木」 芳納珪

物語を記憶する特別な木という設定とその葉から生まれる栞の描写が秀逸。本当に素敵な発想で、私も欲しくなりました。村で行われる秘祭も魅力的ですが、ラストに向けて駆け足になってしまっているのが惜しい。また、村の祭がもつ重い意味に対して、結末が現実的で軽すぎる印象があります。ラストを再考されることをお勧めします。

「たますくい」 ジョーク松山

金魚すくいに興じる三人の親子。煙草を吸いに行った父親は、スーパーボールすくいの露店で不思議な出来事に遭遇します。自分がまだ小さな頃に別れ別れになり亡くなってしまった自分の父親が現れ、そして――。ごく短い間の体験が彼にもたらした思いに心を打たれます。抒情的であたたかい素敵な一編でした。。

「前夜祭」 恵誕

閉園する遊園地のメリーゴーランドをめぐる物語。さすが、常連入選者。自然な導入部から始まって、スムーズな展開で読ませます。詩情あふれるラストもいいですね。一方で、この手練れの作者にだからこそ、もう一つ、驚きのある要素を盛り込んでいただくことを期待します。ある意味、うまくまとまりすぎていて、おとなしい印象が残りました。

「文化祭の神様」 ヨシカワG

文化祭の神様を名乗る女子生とシニカルな男子高生の二人が交わし続ける会話になんともいえない可笑しみがあって、読んでいて楽しい。脚本家の才能がありそうな書き手ですね。清々しい読後感がいいですが、最後に二人の様子を撮影していた映画が、いったいどんなものになっていたのか、それが読者に伝わるような工夫があってほしかったと思います。

「ラッキーがいっぱい」 青山 梓

市の図書館が導入した市民の疑問になんでも答えるサービスに奮闘する女性職員。小気味良い展開でするすると読ませてくれます。登場人物のキャラの書き分けのうまさとユーモラスな語り口は、「地図」テーマでの入選作にも共通するこの作者の持ち味でしょう。着地の鮮やかさは、前回の方がよかったかもしれませんね。

「レンズ越しに向き合う」 三船 杏

不思議な人物に出会い不思議な体験をする、というのが「祭り」という非日常を扱った物語のいいところなのでは。そんな気持ちにさせられた作品。不思議な眼鏡を与えられ、認知症が進んだ祖母が見ている風景を同時に見られるようになった孫、その設定が面白いですが、祖母の見る世界は過去の風景であるというアイデアもいいですね。文章がぎごちないところがありますので、文面を見直してもらいたいところです。

「黒い雪」 前坂なす

かつての賑わいは無くなった鉱山の町での秋祭り。町の地下には蜘蛛の巣のように坑道が張り巡らされていて、五年前には悲惨な落盤事故で犠牲者が出ていた。この町の祭りは災いを鎮めるためにも絶やしてはいけない――神輿を担ぐ二人の少年の悲しい記憶と冥い思いが交錯し、緊張感あるドラマチックな作品に仕上がっています。文章もとても巧みで、素人離れした作品です。ただし、これはショートショートではなく、短編ホラーですね。


その他、印象に残った作品は

「夏祭りの思い出」 伊藤紡/いじめられっ子の女子が一人で祭に出かけると、病気で学校に来なくなっている男子と出会う。彼は長く入院していたらしい。主人公の心理描写が濃やかで好感が持てる展開ですが、ショートショートは、やはりサプライズがほしいですね。

「祭りの酒」 恵誕/南米のある国の土産としてもらった酒。土偶のような陶器のボトルは、なにやら不思議な力があるようで……。着地が難しい設定の物語を、うまくまとめていますが、よりサプライズを求めたいと思います。

「カイ星からの侵略者」 徳田岳彦/地球侵略を企む宇宙人が身体を透明化して訪れた夜祭。そこで目撃した驚くべき人々の行動――クラシックな雰囲気の一編ですが、小技が利いていて楽しい作品でした。

「長生きの秘密」 梨子田歩未/祖父母の長生きの秘訣は、祭の飴屋にある。微笑ましい話でラストも心地よいが、飴家で行われる儀式に、もう少し具体的な説得力を持たせる工夫をしてほしいところです。

「前夜祭」 あんどー春/コロナ渦の続く中、五年ぶりに再開される祭で神輿を担ぐことになった。ソーシャルディスタンスをとり、かつ、わっしょいなどの掛け声もなしといういのだが……。皮肉が利いた愉快な設定ですが、物語をもっと動かせば、ぐっと面白くなったのではないでしょうか。

「帰宅祭」 久保誠/文化祭ならぬ、帰宅部生徒による帰宅祭という発想が面白い。帰宅を阻もうとする生徒たちとのせめぎあいを制し、さまざまな部からスカウトされる羽目になるというような皮肉な展開もありだったのでは?

そして、今回の入選作に選ばれたのは――

榎おじぞうさんの「夏祭り」いしだみつやさんの「クジラすくいの夏」坂入慎一さんの「君が隣にいて」ジョーク松山さんの「たますくい」の4作品に決定しました! また、ショートショートとしてではないですが、前坂なすさんの「黒い雪」も入選作として公開させていただきたいと思います。入選となったみなさんには、この後、ご連絡いたします。掲載までに多少手を入れていただくようお願いする場合がございますが、その際には、どうぞよろしくお願いいたします。




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