「ナノビークル過去への旅」 清本一麿
「ダンシン・イン・ザ・レイン」 松本エムザ
「リゾート」 あんどー春
「一人旅、実家に帰る」 坂入慎一
「ぬくもり」 見坂卓郎
■第13回「旅」テーマ 優秀作・入選作の講評
「廻る旅人」 社川 荘太郎
謎の提示の仕方は面白いのですが、伏線が少々弱い気がします。ミステリー仕立てにあえてこだわったがゆえかもしれませんね。筆力のある方なので、次作に大いに期待したいところです。
「僕はあきらめない」 耕 つかさ
近未来。時空ツアーコンダクターを目指すタイムトラベラーの物語。45分先の未来にしか行けないという設定も面白いですし、バーコードヘアが最新流行など細部でも楽しませてもらいました。
「完璧な旅館」 早瀬 ひより
女将が部屋から宴会場、大浴場まで一点の曇りもない完璧な準備をしていく旅館。その執着ぶりはすごいの一言。ラストも皮肉が利いていますが、なぜ彼女がそこまでするかの動機を織り込んでほしいと思います。
「ぬくもり」 見坂 卓郎
主人公が、温泉を愛するあまり恋人にしてしまうという着想がユニーク。この強引な設定をしっかり着地させている筆力はさすがですね。細部で気になるところはありますが、ラストも納得でした。
「ダンシン・イン・ザ・レイン」 松本 エムザ
南の島。主人公は謎めいた店で、雨季にだけ生命を帯びたように変化していく絵を見せられますが、その描写が官能的で美しい。綺麗なラストも鮮やかに決まっていました。
「ロンドンさんを待ちながら」 松本 エムザ
どんなに晴れていても決まって長傘を持参する同僚「ロンドンさん」。物語の展開に大きな驚きはないですが、ユーモラスな語り口が巧みで、読んでいてとても楽しい作品でした。
「とんぼかげろう」 かく 芙蓉
度の強い眼鏡をかけているため、とんぼというあだ名をつけられた物知りの少年と担任教師の交流。少年たちが繊細に生き生きと描かれていて、とても瑞々しさを感じさせる作品でした。
「乳白色の霧に覆われて」 里田 遊利
亡くなった妻の残留思念を取り込んでの再会。人生を「旅」になぞらえた作品は多かったですが、この作品ではよりストレートに扱ったことで、感動的な効果を生んでいてよかったと思います。
「一人旅、実家に帰る」 坂入 慎一
ツアーガイドとともに、結婚前の一人旅で、空き家となっている実家へと旅をする主人公。家庭内暴力の絶えなかった父とそれに耐えていた母の記憶。とても読み応えのある作品でしたが、ツアー会社とガイドの存在意義について最初に一言あれば説得力が出たのでは。
「100年後の仲直り」 ふさふさしっぽ
月に行きたいという夢を持つ病気の少女の世話をするロボット。別れがあって100年後、意外なかたちで少女から届いた手紙とは? 温かい読後感が残るいいお話でした。
「ローカル線の旅」 巣々木 尋亀
ローカル線の旅を趣味とする主人公。旅先のひなびた町の雰囲気も丁寧に描写されていて旅情をたっぷり味わえました。ただ、オチは性急で強引な印象がありました。帰路のところで、もう少し伏線を入れてほしいところです。
「荒野に旅立つ日」 井川 林檎
ショートショートいうより短編作品ですが、この方の作品にはいつも独特の世界観があり、それが魅力です。行間を多めに開けるのは、スマートフォンで書かれているからでしょうか? 小説となるとちょっと読みづらいですね。
「ナノビークル過去への旅」 清本 一麿
ウィルスを使ったものが多かった中、ラストに思わず「クスッ」となった作品。植物のDNA採取計画について疑問に思う点がありますが、ショートショートらしくうまくまとめてあると思います。
「リゾート」 あんど ー春
ティーンエイジャーの軽いノリでのバイト話が、進んでいくうちになんとも奇妙な話へと――。ユニークなアイディアと巧みな展開ですね。面白く読みました!
「旅先でのできごと」 戸原 一飛
旅に出ると雨になることが多いとか、雨の合間の旅行だったのに降られずに済んだとか――そんな雨男と晴れ男の旅の結末、なるほどと納得しながら読みました。
「本のおじさん」 亜土半
この短い文字数の中で一年間を入れ込んで無理なく読める、不思議な読後感のある話でした。ラストの本の文字が散り散りになるシーンなど美しいですが、最後は「旅」という言葉を使ってしめた方がおさまりが良かったかもしれないですね。
「はやい」 田辺 ふみ
高速の乗り物に乗った時に気持ちがついていけない、こういう感覚を持つ人は多いと思います。それを元にしたこのアイデアはなるほどと思わされましたが、物語の組み立て方にもう一工夫あってよいのではないでしょうか。
その他、印象に残った作品は
「しんにょうに米」 神崎 光/ニューヨークで「療養旅行」する主人公の体験が生き生きと描かれていて面白いのですが、設定上、旅の場面に主人公以外の視点が入るのは不自然ではないでしょうか。
「葡萄畑のクロエ」 最稀露/ロマンティックな話を読みやすい丁寧な文章で紡いでいて素敵な短編でした。ショートショートとしては、やはりひねりや驚きがほしいと思います。
「旅をする理由」 牧野 冴/仮想現実の世界を旅する主人公。薄皮を剥いでいくように、次から次へと真の現実が明らかになっていく展開が楽しかったです。
「ぼくんちのおみそ汁」 絵平 手茉莉/自分はもともと異世界で王子様だったんだと言う父親がこの地にいる理由とは? 小学生の息子の作文として綴られる語り口がとても楽しいですが、オチは最後まで隠してほしいと思います。
「しおりの旅」 日常のソクラテス/旅のしおりを作って間に挟むと実際に旅ができるチケットという発想が楽しい。そこに、若い時に夫と行った旅のしおりを引っ張り出してきて……。設定はよいのですが、その後の展開にはもっとワンダー(驚き、わくわく)を盛り込む工夫がほしいですね。
「タビオカ」 七寒六温/飲むと15分だけ行きたい場所に行ったような体験ができる飲み物「タビオカ」というアイディアが楽しいですね。ただ、これを起点に物語をもっと動かしてほしいです。実際に行った先でのエピソードを中心に展開するとより面白くなるのでは。
「豊かなゾンビライフを!」 土佐 輝美/ゾンビ専門のエアラインが舞台で、CAのアナウンスだけで展開される作品。細かいくすぐりがいろいろとあって楽しい作品。せっかくのぶっ飛んだ設定なので、事件を起こすなどして遊んでほしいほしいと思いました。
「祖父ちゃん、またね」 春木 シュンボク/主人公の少年と祖父の会話が自然で温かみがあって好ましい掌編でした。ただ、ショートショートとしては、もっと物語的な仕掛けがほしいところです。
「リモート気分で」 田向 秋沙/コロナ禍で旅行に行けない顧客の代わりに旅行をして、すべて逐一映像で追体験させるというサービスのお話。主人公がどういった旅を選ぶのか興味がわきますが、前半と後半が独立した別の物語のようで、設定がいまひとつ生かせていない。
「ハルミちゃん、旅にでる。」 徳田 岳彦/最期の時が近い病気の少女の旅の物語。生き生きした夢の世界の描写が魅力的で絵本にしたいようなお話ですが、ショートショートとしてはもっと凝縮感がほしいところです。
「宿にさまよふ」 木綿 めも/遠野物語のマヨヒガをモチーフにした掌編。読みやすい文章で話運びも巧み。ただ、物語の構造メタにせずにストレートな作品としてひねりを利かせた方が面白くなったように思えます。
「ホームズマンの方程式」 がみの/宇宙船内で予定外の出産。酸素が持たなくなる計算。古典SF「冷たい方程式」をモチーフにした作品。もっと読者を悩ませて、オチは最後の最後に持ってくる方が効果的ではないでしょうか。
「傘をひろげて」 梨子田 歩未/違う国の風景を見せてくれる古びた傘。その不思議な現象を丁寧な描写で綴り、うまいと感じさせますが、最後にはやはり驚きのあるツイストを入れてほしいところです。
「知り過ぎている男」 青山 梓/現実に寄りかかりすぎている印象がありますが、人物造形や話運びが確かで筆力の高さを感じさせます。ただ、残念ながらテーマに合っていないことは否めません。
そして、今回の入選作に選ばれたのは――
見坂卓郎 「ぬくもり」
松本エムザ 「ダンシン・イン・ザ・レイン」
坂入慎一 「一人旅、実家に帰る」
清本一麿 「ナノビークル過去への旅」
あんどー春 「リゾート」
おめでとうございます! この後、皆さんには直接ご連絡させていただきます。なお、公開させていただくにあたり、加筆のご相談をさせていただくことがあるかと思いますが、どうぞお願いいたします。
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