「箱の中の私」 坂入慎一
「ちぃちゃんの宝箱」藤崎涼子
■第20回「箱」テーマ 優秀作の講評
進見達生 「ジャックの行方」
結婚相手を占い師に占ってもらう資産家の娘。三枚のカードから選んだのは「箱の中の男」。綺麗にまとまっていますが、ラストでのサプライズ感がもっとほしいところです。
斜堂ひかり 「ザ・ロンゲスト・デイ」
青年が引っ越し荷物の箱を一つ開けるたびに、人生の階段を上ってゆく。うまくまとめていましたが、もっと大きな波乱を起こすなど、読み手をキドキさせてほしいところです。
K・G 「これにいれてください」
「これに入れてください」と真っ黒な四角い物体を差し出す見知らぬ男。過重労働の毎日を送る主人公にしつこくつきまとう男と四角い物体の正体は? ミステリアスな展開で面白く読みましたが、主人公が追いつめられてゆく描写に、より凄みを出してほしかったです。
清本一麿 「一日一時間」
一日一時間を悪魔に渡すことによって永遠の命を得た男。それが彼の自信となって、人生にも積極的になれたのだが……。テンポよい語り口でラストの着地もきまっていますが、テーマへのからませ方がやや強引で無理があるように感じます。。
林 慶次 「奇術師」
奇術師が子どもたちの望むものをなんでも箱から出してくる。ついには象まで。ところが興奮した子供たちは箱を壊してひっくり返してしまう。そこで起こる世界の逆転。アイディアと展開は鮮やかですが、文章をもっと丁寧に紡いでいってほしいと感じました。
とびうお 「アナグラシ」
気がつくとなにか穴倉のようなところにいた俺。もう何年こんな暮らしをしているのか? 暗闇の中で聞こえた声に従って行動すると――。ワンアイディアの作品ですが、伏線をうまく織り込んでいて、主人公を待つ運命に引き込まれます。ただ、オチは予想がついてしまう読者も多いかもしれません。
K15 「ミタマ ノ ハコ」
登場人物のキャラクターの立て方、セリフ、雰囲気の演出、すべてかなりのレベルですね。ただ、これはショートショートではなく、短編のプロットではないでしょうか。もう少し長い作品に仕上げることをお勧めします。
烏川ハル 「箱を叩くと子猫が二匹」
段ボールに入れられていた双子の捨て猫を拾った少年と少女。少年は、最初はたしかに一匹しかいなかったと思うのですが……。丁寧な語り口で気持ちよく読めますが、少年がなぜ段ボールに入ってみたのかなど、いくつか強引な展開が気になりました。
海宝晃子 「桜の木の下に埋める」
構想もきちんとしていて描写にも迫力がある力作です。ただ、この物語はショートショートで描くには複雑すぎるし、この文字数に閉じ込めるのはもったいないように思います。50枚から60枚の短編に仕上げてはいかがでしょうか。
水の森 一 「辞令」
火葬されつつあるいる遺体が奇妙な動きを見せて……。前半と後半でまったくテイストが変わる怪作でした。閻魔大王が登場して以降の後半は実に面白いですが、全体の構成は再考が必要ではないでしょうか。
望月滋斗 「捨て箱」
拾ってあげてください。と書かれた段ボール。中には何も入っていないのに「くぅん」という鳴き声が。そう、段ボール箱そのものが鳴いているのだった。パコと名付けたその飼い箱との日々をつづった楽しいお話ですが、もっとスリリングな展開を盛り込んでほしいと思いました。
三刀月ユキ 「空腹の箱」
金欠で空腹にもだえ苦しむ青年が朝起きると、買ってもいないパンが冷蔵庫に入っていた。次第に増える食料。夜な夜な冷蔵庫がスーパーから略奪してきているらしい……。迫力のある描写で面白く読みましたが、ショートショートとしては贅肉が多いように感じます。また、青年の空腹と冷蔵庫の空腹をもっと関連付ける描き方をすることで、展開により説得力が生まれるのではないでしょうか。
あまのめぐみ 「ごめんなさい」
独りよがりな少女の悪意なき犯罪の告白――そこに母親の犯罪も見えてくるのはインパクトがあります。ただ「埋める」というところが、少し安易な印象がありました。埋めるにしても、この家の庭の描写が最初に少しあるなど伏線があるといいですね。
氷堂出雲 「僕と彼女の縁結びの箱」
毎日の通勤電車は時間も乗る位置も同じことが多いので、電車の中で顔を合わせているうちに……というほのかな恋心の話が、実はとんでもなかったというオチ。四コマ漫画のような感覚で読みました。
進見達生 「最後の楽園」
定年を迎えた男性がふと行きついた古い倉庫。中に積まれた段ボールには――。全体に漂う哀愁と不気味な雰囲気が秀逸ですが、ここで終わらせず、さらにこの先へと展開させてほしいと感じました。
村木志乃介 「魔法の箱」
この短い分量の中でうまく展開させたと思います。キャラクターも面白いですが、展開により説得力を持たせるような論理を織り込んでほしいところです。タイトルにもひとひねりあるといいですね。
十郎さん 「あの日のとうひょう箱」
小学校のクラスであったイジメを思い出しながら選挙の投票箱に向かう老婦人。現代と過去の場面転換が滑らかでうまく、少女の気持ちを丹念に追って読ませます。ただ、ショートショートとしては、どこかにもっと大きな「ジャンプ」がほしいところです。
藤崎涼子 「ちぃちゃんの宝箱」
伯母が孤独死したことをきっかけに、その伯母に預けられた幼い頃の記憶をたどってゆく女性。よく遊んでいた「ちいちゃん」という少女との思い出は、なぜかふっつりと途中から途切れていた……。巧みな語り口とスリリングな展開に引き込まれます。ラストの終わり方も洒落ています。
今井 路 「蓋」
欲望を抑えるために実際にモノとしての蓋を人にかぶせるというアイディアと、それを扱うのが刃物の研屋というところが一風変わっていて面白かったです。ただ、テーマとうまくリンクしていない印象がありました。
坂入慎一 「箱の中の私」
具体的な内容には触れませんが、坂入さんの作品は、個性的でありながら誰にでも届く巧さがあります。出来は断トツですが、読んでいてつらい話なので、次回はユーモアも感じさせる作品をお願いしたいです。
染谷耕平 「ながもち」
時代は江戸の片田舎、妾の娘「お絹」が長持に自分の持ち物を入れて嫁に出された後の一生が淡々と描かれていく――。よく練られていますが、ショートショートとしては、物語を動かす「出来事」を織り込んでほしいと思いました。
さて、以下は、優秀作には入りませんでしたが、それぞれに魅力があって印象に残った作品です。
田口純平 「お詫び屋さん」/「お詫び屋」で手に入れた品は、贈り主の思いに応じて相手が求めるものに変化するという。展開にもっとメリハリを利かせてほしい。
毒島愛倫 「箱入り」/箱の中に入ったまま生活して学校にも通う箱入りの少年少女たち。やがて箱と一体化していき……。箱入りの子たちがどうなるのか、種明かしの部分をきっちりやっていただきたかったところです。
いちいおと 「箱庭の種」/間違ってポストに入っていた小さな箱。隣家に届けに行くと、美少女が出てきて不思議なことを言い始める。語り口は巧みで展開も期待させますが、夢落ちにするのはNGです。
日馬明 「護美箱」/世の中の汚いものを意外な戦闘力で次々と片付けていく少女らしき主人公。一人語りの文体に独特なスタイルと緊張感があって読ませますが、ラストにかけての展開はやや無理筋では。
安住弥太郎 「早乙女ボイス」/凄腕の殺し屋・早乙女には誰にも見せない秘密の顔があった――。ユニークなキャラクター設定と、乾いた文体で紡がれる世界が楽しい。ただ、ショートショートではなく短編にしてほしい題材。
優子 「イコン」/物流会社の倉庫で仕分け作業の仕事をする主人公。そこでは、同僚の男が箱に異物混入(イコン)をするミスを繰り返していた。アイディアで読ませる作品ではないので、長めの短編として怖さをもっと演出しては?
秋田柴子 「この箱を開けたら」/虹をつかまえて閉じ込めてあるという木箱を買った青年。開くことで、つかの間空に虹がかかるという。丁寧に描かれた好感の持てる作品ですが、展開にはもうひとひねりほしいところ。
耕つかさ 「ラストボックス・タイムトラベラーズ」/地球の環境が悪化し、人類の生存が危うくなった21世紀末。6000人の選ばれた人々が、再び人が生活できる環境を取り戻した未来へ送られることに。発想は面白く意外なオチもよいのですが、主人公の設定に違和感が。
戸原一飛 「箱のなかの人生」/仙人から不老不死の薬を譲り受けた男。ただし、事故や災害による死は免れることはできない。皮肉な展開が楽しいですが、オチについてはもう一アイディアほしいところ。
桜井かな 「虫干日和」/祖母が持つ虫の標本箱には、つらい恋のマイナスの感情を吸い取ってくれる蝶が。豊かな表現力で綴られていますが、ラストに至る流れにもう少し説得力が必要では。
桜田弥生 「十八番とお払い箱」/演奏を録音することによって、芸人の十八番を封印することになってしまう「お払い箱」。少年と少女に起こる不思議な出来事が生き生きと描かれていて好感が持てる作品でした。