「闇に溶ける」 進見達生
「いろいろベイビー」 見坂卓郎
「産負人科」 齊藤 想
「雑貨の赤ちゃん」 望月滋斗
「あなたと一緒に」 坂入慎一
■第15回「誕生」テーマ 優秀作の講評
小狐裕介 「時ゆらぎの土」
異様な速さで作物が育つ土壌の土地。そこで起こった凄惨な事件――。これまで温かい作風でいくつもの作品が入選してきた作者ですが、今回は一転ブラックで残酷なお話でした。ダークな内容だけに、逆にユーモアを感じさせる書き方の方がよかったのではないかという意見があり評価が割れました。
前川 誠 「花火」
ギャンブルとしての競輪にかかわる男の人生の不思議な一コマがハードボイルドの香りもして、面白く読み進めました。ショートショートというより掌編小説という趣ですね。筆力のある方なので、もう少し長いものを書かれてみるのもよいかもしれませんね。
雲染ゆう 「即席メン」
彼女にふられ傷心で酒に酔っていた僕は、立ち寄った店で三万円もする即席メンを衝動買いしてしまう。開けてみると、スパイスとともに「倫理」「教養」「愛情」と書かれた小袋が入っていて……。設定と途中までの展開は面白かったのですが、それぞれの小袋の意味をラストにもっと生かしてほしかったと思います。
重留悦士 「再生~Reborn~」
過去の一つの時間と場所にかかわった見知らぬ人たちが、それぞれの立場と状況の中で新たな接点を紡ぐ――。【俺】【私】【僕】という三人のパートを交互に展開する構成の意欲作でした。内容に対してやはり枚数が窮屈に感じられる点、女子小学生のパートがその年代に見えない点など、もう一度練り直してみることをお勧めします。
平野真優美 「君は誰なの?」
不慮の事故で亡くなった女性が、死後の世界で生まれ変わりに選んだ先とその理由、そして実は――というどんでん返し。アイディアはとてもいいです。後半からラスト、一気に空気が変わるところが肝なので、そこはもう少し丁寧な展開と描写が欲しかったと思います。
見坂卓郎 「いろいろベイビー」
カラフルな赤ちゃんを産むことができるようになる薬が流行している未来。七色(虹色)の赤ちゃんを産もうとしたカップルは――。話運びは巧み、オチもユーモラスで愉しく読みました。
進見達生 「闇に溶ける」
駅の東口と西口を結ぶ通路に置かれている一脚の椅子。そこに座った者は……。実話怪談的テイスト。ショートショートというよりは一種の怪談ではという意見もありましたが、語り口の巧みさは見事でした。
進見達生 「十月のセレナーデ」
窓の外を落ちていった男が最期に残したメッセージの意味とは? 誕生石をモチーフにしたところはなるほどと思いました。出てくる女性二人のキャラクターをもう少し丁寧に描くことで、彼女たちの行為の動機に説得力が生まれ、よりドラマティックな作品になったのではないかと思います。
坂入慎一 「あなたと一緒に」
実は、作者の坂入さんは、光文社文庫から6月に刊行された『異形コレクション 秘密』にも作品を寄せてくれています。この作者にしては軽いタッチの作品。看護師による妊婦の幽霊の話――一人語りで場面を立ち上がらせる話運びはさすがです。
オノデーラ 「ピコの輪廻転生」
気がついたらハムスターに生まれ変わっていた主人公に注がれる飼い主の老人からの怪しい視線……。ブラックな展開の中に妙なおかしみがにじみ出てくるのは作者の個性でしょうか。絵本にしたくなるようなお話でした。
眠井 窈 「ぼくらの恋愛」
異性愛はアブノーマルとされ、人はすべて人工的にデザイナーベビーとして生まれている未来の話。力作ですが、題材的にもテーマの拡がりからしても長編向きではないかと感じました。
畠山明菜 「完璧人間とルールと水色の卵」
完璧に仕事をこなす女性・長瀬さんの人物造形がとても魅力的ですね。水色の卵から誕生した鳥が話す言葉を、もう少しナチュラルにするなど細部に留意していただくと、より読み心地のよい作品になったと思います。
望月滋斗 「スノードームの赤ちゃん」
クリスマスの夜に主人公が出合った雑貨屋は、生まれたての雑貨の赤ちゃんばかりを売っている店。ここで買ったスノードームの赤ちゃんが成長していく様子が丁寧に夢のある描写で描かれ、ファンタジックで楽しい作品でした。
望月滋斗 「星焼き」
たこ焼きならぬ星焼き器という発想が実にユニークで楽しい。食べるにあたって守らなくてはいけない三つの約束の三つ目の意味にもサプライズがあって、面白く読みました。
齊藤 想 「産負人科」
負の感情を身体に溜め込んだ人にそれを産み落とさせる施設。そこを出た人は明るい人生に足を踏み出すのだが……。発想、展開、オチともにショートショートらしいひねりの利いた作品でした。
斜堂ひかり 「名作ヒーローたち」
さまざまな物語で途中から登場人物が消えるできごとが。それは物語の登場人物を実世界に登場させる不思議な装置の仕業だった。江戸川乱歩の明智小五郎から太宰治のメロス、芥川龍之介の河童まで。それぞれのネタは愉しいですが、物語としての起伏にもう少し工夫がほしいように感じました。
田辺ふみ 「好み」
離れていこうとしていた恋人に「あなた好みに生まれ変わる」と宣言した彼女。一か月後に部屋を訪れると……。複数回入選されている作者だけに、さすがに語り口がうまいですね。ラストにもっとひねりがあったら、より光る作品になったと思います。
あんどー春 「最下位」
なんとかテレビ番組の星座占いの枠に入りたい亀が、番組プロデューサーにあの手この手でアピールしていきます。その掛け合いを実に愉しく読みました。ラストにもにじみ出る可笑しみがあり面白かったのですが、ショートショートというよりはコント?という印象がありました。
涌井 学 「飛びミミズ」
エアワームという不思議な生物の造形がまがまがしくも美しい。言葉によってビジョンを喚起させる力は実に見事です。しかし、これは長編の序章ではないかという印象を受けました。この世界観で長いものを書かれることをお勧めします。
禾森硝子 「かさぶたのヘビ」
写真部の先輩・メイさんは、うんていにぶら下がったら長く伸びてしまい……。不条理なことを当たり前の日常のように描く独特な作風が面白いですね。とても個性的な書き手だと感じましたが、もう少し物語を発展させてほしいところです。
牧野 冴 「たまごかんさつ日記」
六歳の少女が誕生日プレゼントにもらった三つの卵。そこから孵ったのは……。少女の一人語りのみでここまで読ませる手腕は見事です。ただ、設定にところどころ飲み込みにくいところが散見されました。設定に矛盾がないか、いま一度見直してみることをお勧めします。
以下は、優秀作からは漏れましたが、それぞれに魅力があり印象に残った作品です。
青谷真吾 「広義的繁殖妄想」 /星と星の交合による新星の誕生というユーモラスでスケールの大きな話。ショートショートとしては、星の誕生後にもうひとひねりがほしかったところです。
戸原一飛 「黒い鳥」/悪口を餌に成長する鳥。卵が生まれたあたりから、もう一段サプライズがほしい。ラストがおとなしいのが残念でした。
月山枝葉 「ヒトノメ」/人の目そっくりの紋様を持つ不思議で妖しい蝶。描写や話運びは巧み。ラストにはもっと奇想がほしいと思いました。
耕 つかさ 「ヴォイス・ゼロ」/0のプッシュボタンしかない公衆電話。それを使った人間には不吉な運命が待つという。読みやすい文章で話運びも巧いですが、ショートショートよりは短編にすべき題材では。もう少し主人公の日常を描くなど肉付けをしていった方が生きる物語ではと感じました。
望月滋斗 「コウノトリの恩返し」/助けたコウノトリが美女の姿になって恩返しに。しばらくは夫婦として夢のような生活を送った後、やがて元の姿になって去って行ったが……。読み味のやさしい楽しい作品ですが、結末にはサプライズがほしいところです。
木綿めも 「開かずの間」/木綿めもさんは複数作品を送ってくれていて、それぞれに着想も味わいも違っていてひきだしの多い方だと思います。場面を立ち上がらせる文章力もあってどれも読ませますが、後半が弱く、決め手に欠ける印象があります。もう少し作品を絞って、それをより磨き上げてはいかがでしょうか。特に「物語る」という作品は練り直してみることをお勧めします。
水の森 一 「クロの卵」 /飼い猫のふところに出現した卵。それは次第に大きくなって……。文章はとても巧いですが、展開にもうひとひねりが必要ですね。
藤原チコ 「わたげあめ」/たんぽぽの綿毛のように地面から生えている大きな「わたげあめ」という発想に夢があって楽しい。描写も丁寧でとても読みやすい作品でした。結末にも夢と余韻が残るような工夫があれば、もっとよかったと思います。
青山 梓 「神様の仕事」/仕事を失いゲームに明け暮れる主人公。家を出ていった妻を追いかけた先の運命は? オチにもっとインパクトを持たせ、かつ読み手への情報の出し方にももう一工夫ほしいですね。
宮田康平 「腫瘍」/右目の奥に見つかった腫瘍。良性と診断されたが、右目が自分の意志で動かせなくなって、ついには勝手に動き始める――。巧みな出だしで文章もうまいですが、物語の導入部で終わってしまった印象があります。ここから驚きの展開を考えてほしいと思います。
あんどー春 「パリピ」/誕生日を売買するという発想は面白いですね。後半の展開にもっと遊びを持たせて楽しませてほしかったです。
鯨ヶ岬勇士 「川底の石」/事故で失った右腕。特殊な義手のあれこれの描写がユニークですが、そこに至るまでの前置きが長すぎるのではと感じました。ショートショートなので、もっと早く本題に入ってほしかったと思います。
五風 祭 「天国生まれ」/天国生まれという少年と出会った女性。会話を多用した話運びがなめらかで気持ちよく読める作品でした。ラストが予想していた通りでしたので、よりアイディアを練ってほしいところです。
鹿島万莉子 「天使の掌」/しっかりした文章でドイツへと渡って暮らす少女の内面が丁寧に描かれています。かなり書き慣れている方だとわかります。ただ、これはショートショート作品ではないですね。
松本エムザ 「兄・爆誕」 /人類に役に立つ高度な人材を作るための《コクーン・ヒューマン計画》。どうしようもない落ちこぼれで不良だった兄はそれによって生まれ変わったのだが……。この設定に説得力を持たせるにはショートショートでは枚数が足りないのではないでしょうか。短編にすべき題材と感じました。
山本妙子 「セロトニン・サンバ」/サンバ=産婆という発想がうまくはまっていて楽しい。産婆のおばあさんの描き方も巧いですね。ラストのクライマックス部分はもっとはじけて盛り上がりを演出してほしかったと思います。
深草みどり 「新・創世記の裏話」/滅亡した人類を新しい惑星で再生させる任務を負ったロボット。丁寧に描かれた力作ですが、ショートショート向けの題材ではなかったかもしれませんね。短編へと発展させてみてはいかがでしょうか。
そして、今回の入選作品は、以下の5作品に決定しました!
進見達生 「闇に溶ける」
見坂卓郎 「いろいろベイビー」
坂入慎一 「あなたと一緒に」
望月滋斗 「スノードームの赤ちゃん」
齊藤 想 「産負人科」
入選者のみなさん、おめでとうございます! ただ、作品への加筆をお願いすることもあると思いますので、その点はご了承ください。この後、みなさんには直接ご連絡させていただきます。
過去の入選作・優秀作はこちらからお読みいただけます。