「劇団おれ」 香久山ゆみ
「ついてきた黒子」 望月滋斗
「ウサギと罪」 あんどー春
「ライオンになる」 坂入慎一
「死期の人」 睡川眠琉
■第16回「劇場」テーマ 優秀作の講評
秋谷りんこ 「頭上で踊る人」
いわゆる「死亡フラグ」が見えるようになった主人公。その死のサインの表現はユーモラスで楽しい。ストーリーにも勢いがあって読ませますが、主人公の行動や性格に一貫性がない点が気になりました。主人公の人物像がきちんと設定されることで、セリフや行動にもっとリアリティが出てくるのではないでしょうか。
進見達生 「月下寺」
妻に誘われて知る人ぞ知る人気の宿に泊まりに行った主人公。何が起こるのだろうと面白く読ませてもらった一遍。ただ、主人公が一緒に行く理由が不明確かと。現に、男の人は主人公一人とあるし、どうしてわざわざ一緒にいくことにしたのかと思えてしまいます。そこはもう少し練ったほうがよいのでは。
睡川眠琉 「死期の人」
死期間近のベテラン俳優が臨んだ役者人生幕引きの舞台。小劇場での一人芝居が、長年彼を支えてきたマネージャーの視線を通して描かれます。しっかりした文章でつづられた密度の濃い物語でした。ショートショートらしい作品とは言えないかもしれませんが、作者の熱量を感じました。
香久山ゆみ 「劇団おれ」
オレオレ詐欺の電話をめぐるストーリー。ネタバレになるので詳しくは書けませんが、細部まで丁寧に練られている作品だと思います。少し気になるところがありますので、そこはご相談ができればと。
斜堂ひかり 「新しい人生」
平々凡々な主人公にバーで話しかけてきた男は、「あなたの人生のシナリオを書き換えた」というのだが……。テンポのよい展開で意外性もあって楽しく読みました。「新しい人生」を生きる主人公の一人称を前半と後半で変えるなど、より変身を印象付ける演出があった方がよいですね。
糸山乃衣 「見てるだけ」
ペットショップを劇場に見立てるところが面白い。人気のない子に「ぶーやん」と名付けて主人公が見守る展開も楽しいですね。ただ、ここがペットショップだということをラスト近くまで隠す設定にした方が驚きのある作品になったでしょう。
ふさふさしっぽ 「妄想のちから」
職場の上司に悩まされ、うんざりする毎日を送る主人公。彼女が通勤電車で遭遇する怪獣騒ぎのリアルな描写がいいですね。全体にとぼけた味わいがあって楽しく読みました。彼女が鞄に入れていた物のうち一点は不自然かもしれませんね。ごく当たり前の物の方がよかったのではないでしょうか。
紗々木順子 「観る」
劇場の開幕前らしき閉じた緞帳だけが描かれた面白みのない絵。チケットが一枚付いたその絵を買った主人公が、チケットの開演時間に体験することとは? 主人公がなぜそこまで虜になったのかを読者に伝えるためにも、彼がそこで見聞きしたことをより具体的に書いてほしかったところです。
紗々木順子 「踊る」
ルスクス・ヒポフィルムという植物に起こる不可思議な現象。美しく幻想的な描写で読ませますが、その植物がどういうものなのかが想像しにくかったため、もどかしさを感じました。また、怖くてダークなラストには、やや唐突な印象がありますね。このラストにするなら、もう少し伏線を張っておいた方がよいと思います。
木綿めも 「暗闇に灯る」
さまざまな色の光を灯して「映画」を見せる「エイガボタル」というアイディアが詩的で美しいですね。後半の展開がもう一つうまくはまっていないのが残念。木綿さんのもう一つの応募作「サイコ・ドラマ」も、住人全員が〈治療のため〉役割を演じている「劇場島」という設定は面白いですが、長篇向きのアイディアではと感じました。本格ミステリーの設定になりそうですね。
坂入慎一 「ライオンになる」
坂入さんは『異形コレクション 秘密』に執筆陣として参加していますが、ショートショートの出来栄えも毎回素晴らしい。不条理な展開に違和感を覚えさせず最後まで読ませる筆力、ラストの切れ味――たいへん面白く読みました。
あんどー春 「ウサギと罪」
かつて子役スターとして人気絶頂だったウサギが落ちぶれた後に最後の望みをかけてやってきた劇場。劇場主とのやり取りが皮肉なユーモアたっぷりで笑えます! ラストにもう一ひねりほしい気もしますが、とても楽しく読みました。あんどーさんは、面白いコントがたくさん書けそうですね。
あんどー春 「新事実」
自分に自信が持てないある有名な戦国武将が、芝居小屋の主に演技をつけてもらうことで度胸をつけたいとやってくる。シェークスピア作品まで登場して、武将が重々しさや力強さを身に着けていくというぶっとんだアイディアが実に楽しい。ラストに向け、この武将の行く末を感じさせる物言いが出てくるなど変化を盛り込むと、より面白くなったのではないでしょうか。
花村梅 「落とし物」
主人公の駅長のところに「“感動”の落とし物はありませんでしたか?」と尋ねにきた少年。それは認知症の祖父が落としたものらしいのだが……。温かくてとても素敵なお話ですが、祖父の人物像をイメージさせる具体的な要素を少年のセリフに盛るなど、物語をより立体的に見せる工夫をしてほしいところです。見直して手を入れれば、さらにいい作品になると思います。
宮田康平 「半券」
売れないバンドマンの俺は、部屋の中から見覚えのないライブの半券を見つける。それには「無期限に再入場可能」と書かれているのだが――。話運びと文章が巧みで楽しく読みました。ただ、後半がしりすぼみに終わってしまった印象があります。ここからの展開でもっと楽しませてほしかったと思います。
田辺ふみ 「脚本」
おばあさんへのオレオレ詐欺の電話を受けた主人公は、自分が息子だと名乗るのだが……。とても読みやすい文章で丁寧に書かれ温かい余韻を残す作品ですが、物語の設定段階で終わってしまっている印象があります。ここからもう一段サプライズを盛っていただきたいところです。
望月滋斗 「思い出フィルム」
思い出の品物を持ち込むと、持ち主の記憶や思いを映画にして見せてくれる小さな映画館。高校の卒業式の後に訪れた少年が持ち出したのは……。爽やかな読後感を残す素敵な物語ですが、「予告編」が生まれる設定についても、きちんと語ってほしかったと感じました。
望月滋斗 「ついてきた黒子」
駆け出しの女優が、劇場からの帰りに自分のあとをつけてくる黒ずくめの「黒子」の存在に気付く。彼女と黒子との不思議な共同生活。黒子は身の回りの世話から練習のサポートまでしてくれるようになって……。素敵なお話ですね。ラストもきれいに決まっていました。
上記の作品の中から選ばれた今回の入選作品は――
睡川眠琉 「死期の人」
香久山ゆみ 「劇団おれ」
坂入慎一 「ライオンになる」
あんどー春 「ウサギと罪」
望月滋斗 「ついてきた黒子」
の5作品です。
おめでとうございます! この後、皆さんには直接ご連絡させていただきます。なお、公開させていただくにあたり、加筆のご相談をする場合がありますので、どうぞよろしくお願いいたします。
以下は、優秀作には選ばれませんでしたが、それぞれに魅力があって印象に残った作品です。
雲染ゆう 「丘の上の劇場」/テーマどおり「舞台」を描いた作品ですが、その舞台が実は――という意外さに、主人公がうまく絡んでいると思います。ただ、ラストは入れる必要があったのかどうか、もっと気の利いたラストがあったのではないかとも思います。
村木志乃介 「恋の予感」/主人公のキャラがユニークで、某ドキュメンタリーTVのパロディとして笑える。しかし、過去の映像が撮影済みという設定には無理があるのではと思います。でも最後まで面白く読ませる勢いはあります。
美遊馬べあ 「贖罪保険」/起承転結がわかりやすく、場面転換もうまくされていると思います。保険詐欺師から浄瑠璃劇団の女形という意外な展開と臨場感があって、そしてその仕掛けが実は――と面白く読ませてもらいました。
松本直人 「ゾンビ劇」/世界観が面白いと思いました。ですがもう一歩、その世界に生きる人類の状況がわかると、この劇場になぜ生死を賭けてでも観に来るのかが明確になるのかなと思います。
梨子田歩未 「舞台を降りたら」/舞台女優だったという女性の車いすを押し介護する男性。世の中のほぼすべての仕事をロボットとAIが完璧にこなす未来、介護はまだ人間が介在していたのだが……。丁寧に描かれていますが、真相は最後の最後に明かされた方が面白くなるのではと思います。
伊藤淳 「そとづら」/AIによって人間の仕事が激減した世界で、制服を着た人間がその職場のアイコンとして必要とされるという皮肉、なるほどと読みました。
大野みどり 「水色のドア」/人生を舞台として、それを神(天使)の視点から描いていて、その口調も軽やかで気持ちのいい作品ですね。
耕つかさ 「タイムトンネルシアター」/軽やかな文体で楽しく読ませます。書きなれている方ですね。ただ、タイムトンネルと劇場という組み合わせに、今一つ必然性がない印象を受けました。
鈴木文也 「結成秘話」/売れない芸人たちの間で起こった小さな事件。語り口は巧みで楽しいですが、真相に驚きを盛ってほしかったと思います。
高遠見上 「ときどきそれはいたみをともなう」/短歌合戦が繰り広げられる劇場。それぞれのお題に寄せられる短歌と主人公の感想がとてもユニークな力作でした。
畠山明菜 「アクト・ライク・小野寺」/ミニシアターの押しかけバイトで映画を愛する(?)小野寺くんと支配人のやり取りにとぼけた味わいがあって妙におかしい作品でした。
戸原一飛 「憑依」/役になり切るために私生活まで一変させる同居人の女性。語り口は楽しいですが、ラストはもうひとひねりほしいと感じました。
宮守遥綺 「フィクション」/すごく達者な書き手ですね。文章と語り口はプロ並みです。横浜寿町の空気感が伝わってくるような描写。彼が訪れる映画館の場面も真に迫っています。しかし、ラストの展開にひねりを加えないとショートショートにはならないと思います。
桜木さとか 「もしもシアターの決まりごと」/もしもあのとき彼女と別れなかったら……という仮定の未来を見せてくれるシアター。平明な文章で読ませますが、ラストへの伏線を張っておいてほしかったところです。
烏川ハル 「素晴らしい劇場」/素人作家の主人公のもとに舞い込んだ脚本の依頼。太平洋戦争をテーマにした作品が上演されると……。途中からオチが読めてしまうので、ここからもう一度ひねって驚かせてほしいと思います。
代並理穂 「もぎる女」/劇場のチケットをもぎる女性に夢中になった男。ラストはひねりも利いていて面白いですが、読み手を飽きさせない中盤の展開の工夫が必要ではないかと思います。
滝沢朱音 「Stigma ―未完請負人―」/死んだ人気作家が本当に書きたかった物語とは? 設定や人物造形は巧みですが、題材がショートショートではなく、長篇の序章のように感じます。小説内小説の内容を読者に伝えるには枚数がもっと必要ではないでしょうか。
牧野健太 「ミニシアターにて。」/6DX映画とはいったいなんなのか? その謎は早いうちにわかります。展開としては、主人公が6DXの醍醐味を実際に味わうところまでいってほしかったところです。「向こう側」から見る世界を描くことで、物語としての立体感ががらりと違ってくると思います。
徳田岳彦 「劇場と旅する男」/江戸川乱歩のあの名作から取ったタイトルとは大胆ですね(笑)。語り口は巧みでなかなか読ませます。ただ、物語としてはしりすぼみになってしまった印象があります。
蜂賀三月 「松本静子の劇場」/謎めいた同級生女子の後をつけると……。弾むような生き生きした文章で最後まで楽しく読みました。ただ、これはショートショートではなくて小噺という印象のラストでしたね。
坂井冬芽 「劇場型裁判」/事件を舞台上で再現し、裁判員たちがそれを見て評決を下す「劇場型裁判員制度」という発想が面白い。ラストへの伏線をうまく張れば、より生きてくる作品ではないでしょうか。
佐倉彼方 「記憶の中の歌姫」/台詞に光るものがあり、作中作の描き方もなかなか巧みです。ただ、VRの登場の仕方が唐突だったり、孫と祖母の交流の時間経過がわかりにくかったりと消化不足なところが多く見られました。ショートショートには少し題材が大きすぎるかもしれませんね。
藤田ナツミ 「夢視劇場」/不眠症に悩む人のための演劇とは? その不思議な舞台の密度の濃い描写は見事です。ただ、その舞台を観るとなぜ眠れるようになるのかを、読み手に納得させる記述が必要かと思います。
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